全ての存在が、私達の学びに付き合ってくれている

昨日たまたま
テレビを付けたら
『天皇の料理番』がやっていました。

主人公の秋山篤蔵らが
池の中に入って
鴨?の真似をしているシーンでした。

きっと
誰かのために必死になって
道化を
演じていたのだろうと思います。

そのシーンを見ていて
ふと思いました。

本当の鴨たちも
篤蔵達のように
わざと池を泳いで
人間を
喜ばせてくれているのでは
ないだろうかと。

人間達から
餌をもらい
写真を取られ
捕らえられ
鍋にされる。

全て
納得ずくで
やっているのではないだろうかと。

鴨が何故
そんなことをする必要があるのか。

篤蔵達は
進駐軍らの家族がいる前で
外国人の子供たちから
網を被せられても
必死に鴨を演じ続けます。

屈辱的行為です。

でも
篤蔵達にとってみたら
自分達の屈辱なんて
どうでも良いことなんですよね。

守りたいものを守るためなら
何でもする。

自分を
見下す人間に
からかわれたとしても

本質が分かっていれば
何も傷つきはしない。

鴨達だって
ある意味
本能で
本質だけで生きているのだから

人間のような
見栄やプライドなんて
どちらでもよく

ただ
人間のために
命を掛けて
付き合ってくれているのかもしれません。

鴨であることの
宿命であり運命であることを
受け入れている。

だから
鴨肉を食べるな
と言いたいわけではありません。

そのくらい
私達は
ありとあらゆるものから

サポートされている
愛されている
のではないだろうかということです。

そして
あなたの本質も
きっと
誰かのために生きている。

人生で
上手くいかないと思うようなことにも
サポートされているんですよね。

この世に存在する
あらゆるものが

私達の学びに
付き合ってくれているんですよね〜

ここまで
読んでいただき
ありがとうございます。

是非読んだ感想をお問い合わせにてお送りください。


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