恐れを掻き立てるイベント

恐れが噴出する

それは
決して悪いことではない。

人生を
より良くしたいのなら

恐れは
避けては通れない

というか
避けてしまえば

恐れを
より
増大させてしまうかもしれない。

だとしたら
恐れを掻き立てる
イベントを利用して

とことん
恐れと向き合ってみることが
有効なのかもしれない。

大阪都構想の住民投票
反対多数で否決されましたね。

今回のこの住民投票
象徴するのは
恐れだったと思うんですね。

賛成派は
将来への恐れ

反対派は
変化への恐れ

ある意味
恐れる者同士の
戦いだったのかもしれません。

人間は
恐れに
突き動かされています。

パワハラなど
人の恐れに付け込んで
人々を
コントロールしようとしますよね。

実際は
その人を恐れているというよりも
自分には
理解不能な状況を恐れているわけです。

じゃあ
その恐れに
どう対応していけばいいのか。

まずは
恐れを持っている自分を
認めてあげるんですね。

恐れを
自分そのものではなく
モノとして扱います。

自分と恐れを
分離することで
恐れを見やすくするんですね。

もしかしたら
それだけで
恐れの正体が分かり
開放されるかもしれません。

あれ
一体
何に囚われていたんだろうって。

恐れは
単なる恐れであり
分からない
というところから生まれます。

橋下さんも
言っているように
敗因の一つは
説明不足にあったと思います。

反対している人達は
自分たちの生活が
どうなるか分からないという
漠然とした不安から
反対をしていたんですよね。

そこに
十分に
応えることが出来なかった。

分からないということは
それに対して
自分が
何をしたら良いのかも分からない
ということです。

ある意味
無力感にも等しいと思います。

しかし
もし
大阪市民が
大阪都構想というものの本質を
分かっていたとしたら

もっと違った
アクションがあったのかもしれません。

というか
そもそも
大阪都構想というイベントが
必要であったのかどうか。

ですが
せっかく
こういう機会を得たのですから

今一度
自分は
何故
賛成し反対したのか。

その判断は
もしかしたら
無知という恐れからの
判断だったのではないかと
考えてみる必要があるのだと思います。

何はともあれ
今回の大阪都構想の住民投票は
人々の恐れを

イベントという
分かりやすい形で
提示することが出来たと
思うんですね。

変化することに対する恐怖
その強烈なエネルギー

でも
それと同じくらい
変わらないことへの
苛立ちのエネルギー。

どちらかが圧勝じゃない
拮抗したエネルギーが
お互いに
お互いの恐れと向き合わせることに
意味はあったのだと思います。

その「恐れは」
誰かが作り出したものではなくて
自分が作り出しているのだと。

そして
どうせ
作り出すのではあれば

もっと
前向きに
作り出していけるのでは
ないかと思うんですね。

恐れ呼び起こす
イベントを用いて
自分が気づけなかった
恐れの本質と向き合う。

そして
ただ単に恐れているという理由から
目を背けていたことに対して
正面から取り組んでみる。

まあ
そこまで
出来なかったとしても

恐れがあることを確認する
恐れには理由がある
恐れの本質に取り組む必要がある

なんでもいいから
体験出来たとしたら
とりあえず良かったのかなと思います

人は
この世界で
壮大な実験をやっているのですからね^^

ここまで
読んでいただき
ありがとうございます。

是非読んだ感想をお問い合わせにてお送りください。


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