世界を感じる責任が、あなたにはある

これがむかつく、
とか、

あれはおかしい、
とか、

感じるときってありますよね。

僕もしょっちゅうあって困ります^^;

でも、
感じる心があって
良かったなとも思います。

そういう自分に
気づけて良かったなと思います。

単なる開き直りにしか、
聞こえないかもしれないけれど、

人生、
いかに開き直れるか、ですよね。

感じてしまったものは、
しょうがない、

感じるままにさせてみましょう、と。

ただ、
周りのせいにばかりは
していられないので、

そろそろ自分の問題として
受け止めてみようかなぁ、と。

もしかしたら、
自分もそこに関わっている
可能性があるのかもしれませんよね。

何か問題が起きたとして、
その問題と自分とは
どんな関係があるのだろうと、
考えてみるのも面白いかもしれません。

もちろん、
表面上は
何も関係ないように見えます。

どう見たって、
自分の責任じゃないと。

しかし、
そこから
何かを感じることができ、
何かが少しでも変わったのなら、
その問題にも、
何らかの意味があったと思いません?

もしかしたら
その変化のために、
物事は起きるのかもしれません。

そのくらい、
何かを感じることが
大切なことなんだって思いません?

嬉しいのか、
悲しいのか、
楽しいのか、
辛いのか。

こんなことが起きたら、
こうしなくちゃいけない。

ではなくて、

あんなことが起きたけど、
自分はどう感じているのだろう。

そこから、
何をしたいと思うのだろうか。

世界を感じるために、
あなたはここにいる。

世界を感じる責任が、あなたにはある。

感じきったあなたに、
自然とあるべき姿は見えるはず。

感じたら、
その奥に隠されているものは、
一体何だろうと、
更に掘り下げてみる。

掘り下げるのは、
ハードな体験かもしれません。

でも、
本当に感じるべきものが、
そこにはあるんですよね。

最初に感じる感情は、
センサーに過ぎないのです。

奥に隠されたものを、
感じさせないためのセンサーであり、
逆に、
あるということを知らせるセンサーでもある。

ややこしいし、
面倒くさいことしていますよね。

でも、
人の状態によって、
どのようにでも感じることが、
できるようになっているんですね。

だから、
いつまでも、
同じ感情の中に留まる必要はないし、

進めるのなら、
進んでしまって良いのです。

今は
無理であれば、
今の感情に留まったままでも良いのです。

あなたのタイミングで、
あなたの感じ方で、
感じるために世界はあるんですよね。

ここまで
読んでいただき
ありがとうございます。

是非読んだ感想をお問い合わせにてお送りください。


シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする