オウム真理教を引き継いだ
アレフという教団。
そして、
アレフから分離した
ひかりの輪という教団。
未だに、
オウムの流れを汲む教団に、
入信する人がいるそうですね。
特に若者が多いそうです。
信者になった若者によれば、
自分の悩みを解決してくれたから、
語られている内容が真実だと思うから、
入信したそうです。
確かに僕自身も、
エクトンの個人セッションを受けたり、
バシャールの本を読んだりして、
これこそ真実だと思うんですね。
自分の悩みの根源にも
気付くことができたし。
他の人達の思想や、
宗教の教えも、
始めは凄いなと思います。
でもその内、
心に引っかかる部分が出てくるんですよね。
時間が経つに連れて、
その引っかかる部分が
徐々に大きくなっていって、
ある時点で、
ああ自分が求めたものとは違う
と気付くわけです。
その引っかかりを、
今までのところ
バシャールやエクトンには感じないわけです。
でも
だからと言って、
バシャールやエクトンの言うことを
鵜呑みにはしないようにしています。
納得出来ないところは、
どうあっても納得できないので。
取り入れられるものは
取り入れていくというスタンスです。
それは、
既存の宗教からもそうですし、
あらゆる物からなんですけどね。
要するに、
情報としては受け取るけれども、
それを使うか使わないかは、
自分で選ぶ自由があるということなんですね。
そこがとっても重要だと思うんですが、
それが果たして、
今の宗教にもあるのか。
特に新興宗教にあるのか。
僕が関わった限りでは、
強制されなかったとしても、
これをしなければ不幸になるとか、
カルマを解消しなくちゃいけないとか、
恐れを用いた
コントロールをしてくるんですよね。
まあ、
それは、
宗教に限らず、
国も、
会社も、
学校も、
様々な団体・グループも、
そして
家庭でも普通に行われていることなんですが。
その恐れによるコントロールに
反発したくなるわけですから、
もうこれ以上、
何かに属することには惹かれません。
窮屈さに気づいてしまうと、
「教え」どころじゃなくなります。
早く自由になりてぇ〜、って。
でも多くの人が
その恐れに気付かないようにしているんですね。
学ぶことで、
頭を「教え」で一杯にしてしまう。
それによって、
恐れを回避しようとしている。
恐れを回避できなければ、
学びがまだまだ足りないと思う。
忠誠心が足りないと思う。
さらにそれを煽る環境を作られていく。
ねばならない、
を自分に要求するために
他人にも要求するようになる。
ある意味、
優秀過ぎるのも困ったものですね、
と凡人は思ってしまいます。
いっそのこと、
そんな無理なことから
さっさと落ちこぼれちゃえば、
そうすれば楽になれますよ、
と思ってしまいます^^;
ここまで
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