それこそが生きるということ

今日のお題は
美の巨人たちで紹介されていた

加山又造作
天龍寺「雲龍図」

天井に描かれた
雲の中か出現する龍

水墨画として
描かれているのですが

その描き方が
水墨画としてありえないんですね。

なんと
ぼかしの部分を
コンプレッサーで描いているそうです。

通常
水墨画は
墨の染み具合を計算に入れて
にじみ、ぼかしを描いているんですが

又造は
あえて墨がにじまない工夫をして
コンプレッサーで吹き付けているんですね。

邪道と言われる方法で
自らの本質を描いているわけです。

又造はこう言っているそうです。

「宗達、光琳の時代に
こんな便利なものがあったら使わない訳がない

僕は
新しいことをしているのではなく
今の時代にしか出来ない事をやっていると」

今ある
最高のものを使って
最高の絵を描く。

それこそが
誰もが望んだことなのに

いつしか
今の完成形が
永遠のものだと錯覚してしまう。

その枠の中だけで
物事を完結させようとしてしまう。

完結しなければならないと
思い込んでしまう。

もし
やらなければ
ならないことがあるとしたら

それは
自分の中の本質を感じとることだけ。

その本質を
いかに描くのか。

描くためには
何が必要で
何が足りないのか。

学ぶことは
枠を固めることではなく
枠を広げるためにあるんだなぁと。

芸術の世界って

自分の本質を
描き出す世界にいながら

結構
枠にとらわれやすいんですね。

というか

より顕著に
枠の形がはっきりしてしまっていて
超える超えない
心地が良い悪い
がはっきりしてしまうんでしょうね。

でも
本質を見てしまった人は
枠にはまることを諦めるしかない。

だって
そもそも
はまらないのだから。

それこそが
芸術なのだから。

それこそが
生きるということなのだから。

ここまで
読んでいただき
ありがとうございます。

是非読んだ感想をお問い合わせにてお送りください。


シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする