そう
思っている人
沢山いますよね、きっと。
確かに
疑わしいですし
何だかよく分からないもの
ですよね。
僕にも
その全貌は分かりません^^
何かを
感じることができたり
見えたり
聞こえたりすれば
もっと
はっきりと言えるのかもしれませんが
それだって
結局
自分が認識できる範囲のことでしか
確かなことは言えないですよね。
全てが
見え
聞こえ
感じることができている
とは限らない。
感じたことでも
見えたことでも
聞こえたことでも
それ自体は
真実であったとしても
全てに当てはまる全体像ではないんですよね。
でも
なまじ
認識できてしまうと
それが
全てだと思ってしまいがちです。
だから
何でも
決めつけてしまう風潮の中では
スピリチュアルとは怪しいもの
というのが
良い
落とし所なのかもしれません。
ちょっと
片隅に置いて
たまに
チラチラ見るくらいの距離感が
丁度良いのかもしれませんね。
つかず離れず
どっぷりハマるのも
違う感じがするし
全く
無視することも
今の時代に
合わなくなってきているし
まあ
だから
自動的に距離を保つためにも
スピリチュアルは
今はまだ怪しくていいのかなぁと
これこれ
こういうものなんて
定義されたら
あ、あれね
なんて
思われて
終わりですからね。
簡単に
定義できないもの
それが
スピリチュアルであり
人間の本質なんだと思いますけどね・・・
定義は分化
分かりやすくしているつもりが
逆に問題を複雑化させているだけで
定義することをやめて
その本質を
見つめようとする行為によってのみ
真実は
見えくるのかもしれません。
胡散臭さは
ただ正直にありのままに
見ることを邪魔する観念があることを
教えてくれるシグナルなんですよね。
ここまで
読んでいただき
ありがとうございます。
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