狂気は、正気に戻すために発動される『ヴィレッジ』

今日は、
映画「ヴィレッジ」についてです。

M・ナイト・シャマラン監督なので、
「シックス・センス」
のようなホラー映画かと思ったら、
ミステリー映画でしたね。

今回も
思いっきりネタバレしてきます^^

隔離された地域で
少数で自給自足の生活をおくる人々。

街から人々が出ないように、
森の中には怪物が
住んでいると教え込まれています。

この村を作ったのは、
現代社会での生活に傷ついた人々。

ある時、
村の青年ルシアスが刺されてしまいます。

しかし、
村には満足な薬すらありません。

そこで、
ルシアスの婚約者である、
盲目の女性アイヴィーが
村まで薬を取りにいくことになります。

理由は、
村で一番に勇敢であるから。

でも本当の理由は、盲目であるから?

アイヴィーは無事、
薬を手に入れ、
村に戻って来ますが、
盲目のため、
現代社会を目撃することなく、
村の大人たちは
以前と変わらない生活を続けていくことに決めます。

映画を見終わったとき、
「猿の惑星」を見終わったときのような、
救いが無いような感覚に襲われてしまいました。

傷ついた人々が
隔離された世界で穏やかに暮らしたい、
その気持ちはわかります。

一時的に、
心を癒すための場所であるのなら、
それはそれで良いと思います。

でも、
住民を恐怖で
コントロールしようする行為は
明らかにバランスが悪いです。

特に何も知らない若者にとっては、
その何かがおかしいという感覚が、
何かの弾みに暴発してしまいそうで。

結局、
人間という存在そのものを
信じられないのでしょうね。

人間は傷つきやすい。

でも、
そこから立ち直って
力強く生きていくのも人間。

森の奥に退いて、
ひっそりと住むのは構わない。

でも、
そのために、
周りの人間まで強制するのは
どうなんだろうと思ってしまいます。

閉鎖された世界は、
どんなに強固に作ったとしても、
必ず破られます。

世界は変化し続けるからです。

恐怖を与えていれば
今のこの均衡は保たれる、
と思うのは
少々思い上がりのような気もします。

均衡はいつか破られるし、
破られるのが遅ければ遅いほど、
受けるショックも大きくなる。

だから余計に、
ここまで来てしまったのだから、
何があってもこのままやるしかないと、
全てを取り繕うとしてしまう。

でもだからこそ、
そこに狂気は生まれる。

人々の内なる狂気を
表現するモノが現れる。

それに
気付くことができるのか、できないのか。

狂気は、
正気に戻すために発動されるんですね。

ここまで
読んでいただき
ありがとうございます。

是非読んだ感想をお問い合わせにてお送りください。


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