自分であるという体験『千と千尋の神隠し』

「千と千尋の神隠し」

以前、
江戸東京たてもの園に行って、
あの、壁一面に
引き出しがある建物を
見てきたことがありました。

江戸東京たてもの園の
幾つかの建物が、
映画の建物の
モチーフになっているんですよね。

千尋は、
ひょんなことから、
別の世界に迷い込んでしまいます。

しかも、
名前も千にされてしまう。

両親は、
神様の料理に見境なく手を出し、
あっさり、
自分を見失ってしまいます。

そんな、
一人ぼっちになってしまった千尋を
ハクが助けてくれます。

ハクは、
自分が誰だか忘れそうになっていた千に、
「千尋」という名前を思い出させてくれます。

その後、
あるきっかけがあり、
周りの皆も、
千尋を認めるようになります。

それは、
千尋が外の世界から来たからなのか、
それとも、
千尋が千尋で
あり続けることができたからなのか。

ハクが、
千尋の名前を覚えてくれていたから、

千尋は、
自分が誰であるかを忘れずにいられました。

常に今いる世界を、
自分の世界とは別の世界だと
認識し続けることができました。

だから、
今いる世界にどっぷりとはまり込まず、

ある意味、
覚めた部分を持ちながら、
今いる世界の掟や観念に縛られることなく、
目の前の存在とだけ向き合うことができました。

その姿勢が、
存在達の心を動かしていくんですよね。

そして、
迷わずに、
自分の本当の世界に
戻ることができた。

自分って、
一体何なのでしょうかね。

この世界の中で、
波と一緒に、
ゆらりゆらりと揺れている
存在なのでしょうか。

それとも、
この世界を訪れて、
自分の足で
歩き続ける存在なのでしょうか。

なかなか、
自分に気づくことって、
難しいですよね。

でも、
生きていく上で、
常に、
本当の自分に
気づくべきチャンスは訪れています。

そのチャンスに気づけるか。

う〜ん、
気づけるまで、
チャンスは訪れ続けるんだろうな。

だから、
焦らずゆっくりと、

でも、
しっかりと物事を注意深く、
見ていかないといけないかもしれません。

ここまで
読んでいただき
ありがとうございます。

是非読んだ感想をお問い合わせにてお送りください。


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