真実は狂気の中にも隠れている『ホビット 決戦のゆくえ』

勇敢に
立ち向かうためには
まずは
何かを信じていなければならない。

その
信じるものは
とても魅力的なものに見える。

手放し難くなる。

しかし
それを
きつく握りしめれば握りしめるほど

手放すための
経験が待っている。

その
辛い経験を経て
手放せた時

自分の体験そのものが
真実なのだと知ることになる。

映画『ホビット 決戦のゆくえ』
を見ました。

設定上の主人公はさておき

映画を通して
誰が
主人公に見えるのかと考えた時

それは
ドラマチックな
体験をしている人と言えます。

勇敢で
行動力のある男が
ダークサイドに落ち
復活し
もう一度
己の信念に従って戦い
生き様を見せつける。

一方
家族のため
村人のために戦った男は
常に正しいと思う行動をします。

もちろん
勇敢に戦います。

でも
何かが
足りない感じがするんですね。

小さく
まとまってしまっているというか

本当に
自分が
生きたい生き方を
生きていないというか。

本当の自分とは
いつも距離を置いているというか。

常に
何かの範囲内に
留まっている感じがします。

しかし
主人公に見える男は
大袈裟で
振れ幅も大きくて

自分では
制御できなくなってしまいます。

でも
だからこそ
悪に触れることが出来るし
正義に触れることも出来る。

真実にも触れることが出来る。

結局
人生とは
正しく生きることが
目的ではないのだと思います。

自分の体験を生ききる

それが
大切なんだと思います。

もちろん
滅茶苦茶に
生きた方が良い
ということではありません。

ただ
正しいと思われる生き方を前提に
生きたとしても

それで
満足した人生を
送れるわけではありません。

失敗しても
取り込まれてしまっても
自分の過ちに苛まれても

やはり
自分の体験の中に
真実を発見してこそ
人生の醍醐味を味わえるんじゃないかと。

狂気と思えるようなの中にだって
真実は隠されているのですからね。

ここまで
読んでいただき
ありがとうございます。

是非読んだ感想をお問い合わせにてお送りください。


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