最果ての
一人ぼっちの空間で
ただ静かに穏やかに過ごしたい。
でも
中々思うように
一人になれないし
心おだやかにもいられない。
ただただ
逃避するための場所を探しても
本当の自分は
忘れさせてはくれない。
いや
忘れさせないために
こんな最果ての
美しい場所
命を超越した場所を
選んだのかもしれない。
映画『ゼロ・グラビティ』
を見ました。
冒頭の
地球のアップ画像。
地球って
本当に綺麗な星ですよね。
地球と宇宙の境目
空気の層の淡い紺色が
とても綺麗です。
さて
主人公のライアンは
船外活動中にトラブルに遭い
宇宙空間に投げ出されてしまいます。
出演者は
ほぼ全編二人しか
出てこなくて
あとは
声のやりとりが
あるだけなんですね。
というか
声だけが頼りというか。
様々な声を
どう聞くのかが焦点になってきます。
意図的に何かを
迫ってくるような声
無邪気だけど気に触る声
安らかな気分にさせてくれる
自分とは違う世界の声。
自分とは
何の関係のない人達の声は
心を安らかにしてくれます。
和ませてくれて
そっとしておいてくれます。
自分の世界に
浸らしてくれるんですね。
逆に
自分が知っている人達の声は
何かを迫ってきます。
鬱陶しいし
1人にして
おいてくれません。
せっかくの
静かなスペースを
邪魔してくるんですね。
自分の心の中を
深く深く掘ってくれます。
もういい加減にして
と思うのですが
でも
そこで
自分でも思いがけなかった真実を
発見するんですね。
それは
生き残ること
そのものではなくて
もっと根源的なもの
誰かのためではなく
自分に対して
責任を取るということ。
生きているという現実に
責任を持つということです。
自分がありたい姿に
気づくというか。
一人になりたいのに
割り込んでくる
お節介な声。
でも
それは
自分が作り上げた幻影。
自分が
自分に気づかせるために見せた幻。
死ぬことにも
生きることにも
拘らない自分
死ぬことにも
生きることにも
今ここにいることにも
感謝出来る自分。
思いっきり
ネタバレですけど
地球に
たどり着いたライアンは
ほっとするんですけど
直ぐに立ち上がろうとします。
宇宙から
帰ってきたばかりなので
重力のある地上では
立てないのが当たり前だと思うんですけど
だけど
それでも
不格好でも
しっかり立とうとするんですね。
それは
人に
元気な姿を見せるためではなくて
今を生きるという責任を
自分に確認するためなんですよね、きっと。
ここまで
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